今朝、古い知人の訃報に接しました。
永らく膀胱癌を患っていらっしゃったのですが、
Facebookには一切ネガティブな投稿はなく、
10月1日の本人による最後のポストもいたって普通のものでした。
たまにタイムラインに流れてくる紅茶や芋煮会のポストを見ては、
「お元気そうですね」と読み流しておりました。
そんな朝、突然彼女がタグ付けされたお別れポストが
大量に流れてきて訃報を知る訳です。
時を同じくして、Facebookには誕生日のお祝いメッセージを促すアラートに
2年前亡くなった先輩が登場。
朝から故人を偲び、これが現代のリアル社会なんだと思う次第です。
今年に入って友人知人の訃報に触れる機会が急上昇しています。
これもアラフィフの日常事なのだと思い、
今回も自分の生き方について振り返りました。
『遣り残していることは本当にないですか?』
『明日死ぬと分かっていたら今日の予定は実行しますか?』
人生100年時代と言われていますが、個人差が大きいことを念頭に
私の中の優先順位の高い順でやっていこうと思います。
『明日死ぬと分かっていて・・・』つながりで
男性更年期障害の治療を諦めようかと思っています。
きっかけは、カミさんとの会話。
「年齢に抗っているようで不自然だよ。加齢を受け入れて楽にすれば?」と。
男性ホルモンの低下は、HDLコレステロール低下とLDLコレステロール上昇を招き、
血管系疾患、認知機能の低下、骨粗しょう症、内臓脂肪増加、糖尿病に至ると
ビビったり、心拍数が上がり難く自律神経の乱れに繋がると
年初から心配していたのですが、
「昔のように動きたいから治療するんでしょ。60歳、70歳、80歳の人が同じ理由で治療を申し出たらあなたは変に感じないの?」
そう言われると、それもそうだと思いました。
「人生をできる範囲で楽しめば良いや」って思うようになりました。
過去の自分と比べないで
最後尾からスイムスタートすればいいや、
苦しくなったら休めばいいや。
治療をするとドーピングに対する制約や完治までの練習自粛など
約束事で身動きが取れなくなったり、後ろめたかったんです。
少し前に進めたような気がします。
昨日のworkout
ローラー20km
ラン5km
VirtuGo があまりにも使えないので、
同じくβ版のRoad Grand Tour でローラー台。
20kmやってみたんだけどやっぱり退屈。
Strava には自動リンクできるけど
TrainingPeaks は手入力。
やっぱりZWIFT に戻るかなぁ。