アイアンマンという過酷な競技において、本当の「強さ」とは一体何だろう
4回目となるKona(アイアンマン世界選手権)への切符を手にすることができた今、
改めて確信していることがあります
私の最大の強みは「自分が弱いと自覚している」ことです
「過信」という名の、才能の無駄遣い
レース中、私よりもはるかにFTP(機能的作業閾値パワー)が高く
勢いのある選手たちが、コースの途中で歩いたり立ち止まったりしている姿を何度も目にしてきました

彼らを見ていると感じるのは、一様に「自分の弱さ」を知らないということです
厳しい言い方を許していただけるなら、自分を過信しているようにすら見えます
1時間でスイムアップし、バイク単体なら200kmを300wで押し通せる
それほどの才能を持ちながらアイアンマンの本番で潰れてしまうのは、「才能の無駄遣い」です
レース後、彼らは悔しさを滲ませながら語ります
「今日は暑さが異常だった」「本来の自分はこんなはずではない」と
しかし、その言葉の端々には、失敗の原因を外側に求め、自分の実力を見誤っている自信が透けて見えます
その認識が変わらない限り、おそらく同じ失敗を繰り返してしまうでしょう
コーチの言葉を「咀嚼」する力
日本には「先生の言うことには従順であるべき」という文化がありますが
コーチの指示をただこなしているだけの選手は、どこかで頭打ちになります
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なぜ、今このメニューを行うのか?
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コーチの意図はどこにあるのか?
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それは今の自分の状態に、本当に必要なものなのか?
同じメニューを消化するにしても、盲目的に従う選手と、自分なりに内容を咀嚼して考える選手とでは、トレーニングの効果に天と地ほどの差が生まれるはずです
正解がないからこそ、自分なりの答えを
思うところがあり、つらつらと書き連ねてしまいました
もちろん、この考え方自体も所詮は「n=1」
私個人の経験に基づいた一つの事例に過ぎません
これに当てはまらないケースもたくさんあることでしょう
アイアンマンには、たった一つの正解など存在しません
だからこそ、自分に合ったものを見つけ出す嗅覚が大切です
私はこれからも、自分の弱さに向き合って
自分にとっての最適解を探し続けていきます
昨日のworkout
ノートレ
筋肉痛もなく回復してきましたが、心臓の挙動に身体の芯にある疲れを感じます
走ろうと思えば走れますが、芯にある疲れを抜くには時間が必要です
山を高くするには谷を深くする
ここも大切な考え方です