ブルゴーニュの走り書き

皆生トライアスロン、関西シクロクロス。通勤ラン、通勤バイクなんかも語っちゃえ!

息子へ

タケ、卒業おめでとう。
今から33年前の3月20日、父さんは小豆島の小学校を卒業しました。

イメージ 1


育った町も時代も違います。
今の社会変化のスピードを考えると
タケが迎える33年後は想像をはるかに超える変化が起こっているはずです。

父さんの頃は、東京電力日本航空は超エリートでしか入社できない会社だったし
ダイエー三洋電機は一流大学生が殺到していましたが、
今では、大きな負債を抱え会社更生法を適用されたり、他社に吸収されて名前が消えてしまいました。

どんな会社も安泰ではありません。
では、専門性を身につけるのはどうだろう。
資格を取って会社に頼らず生きていこうと考えても、これも通用しません。

高度化していく社会で専門性は大切です。
でも、今 身につけた専門性が40年後も通用するとは限りません。

難関資格の弁護士や医師免許。
人口当たりの弁護士数が欧米より少ない事から司法試験合格者を3倍に引き上げたため、弁護士が余り、法律事務所に就職出来ない弁護士が実務経験なく開業せざるを得ない状況に追い込まれました。

消費者金融の過払い金が戻ってくるとCMを観たことあるよね。
あれは最高裁判例が有るので手続きすれば確実に勝てるスキルの要らない仕事です。それをテレビやラジオにお金を出してCM流して土日も仕事してまで依頼人を捜すのは、それだけ現実が厳しいのです。

医師免許は、大学の医学部定員で新しく働ける医師の数が決まります。
定員は変わらないのに医師の必要数が急増しました。
高齢化で病気になる人が増えたり、晩婚化による高齢出産で高度な医療が必要になったり、生活習慣病だったり、
夜間の急患やメンタル面のケアなど病院に行く人が増えました。
必要とする人数に働く医師が追いつかず、勤務医やインターンの激務が問題視されています。
難関資格をとっても牛丼屋さんと似通った過酷な労働環境、人手不足。それに見合うだけの報酬が受け取れるのか父さんには疑問です。
大学院の博士号取得も同じです。教授の職は少子化で増えないのに博士ばかり増えて余ってしまいました。

だからタケ、一生にひとつの専門性ではなく、数年毎に学び直して、様々な専門性や資格を身につける事が大切だと思います。

父さんは、家業を継ぎたくて縫製の現場でミシンとアイロンを身につけました。

次に経理専門学校の先生になって、教えながら簿記、販売士、パソコン、変わったところでは経済新聞の読み方講座公認講師などを取得しました。

実社会に踏み出したくて、コールセンター会社に入ったのは、テレマーケティングと言う言葉の響きに、マーケティングを手掛けられると思ったからでした。

コールセンターで働いて少し気づき始めたのは自分の価値です。
会社では、滅多な事では給与が上がりません。営業成績が悪くて給与下げられたり、成績が上がっても自分の努力じゃないからと悔しい思いを何度もしました。
でもね、父さんは地方の営業所出身だった事が幸いして、営業もオペレーターの採用も、回線手配も全て自分でやっていたので一人で全部こなせる事に高い価値が有るんじゃないかと気づいたんです。

そして、次が食品のお客様相談室。
人が辞めてばかりでガタガタだった部署を採用、制度、システム、回線周りから変えていき立て直しました。
この時は、結果を急ぎ周りが見えなくて人との摩擦が増えたり、大きな失敗をして責任者を外されて惨めな思いもしました。

そのうち下請けだと、やりたい事の半分しか出来ないと思い知り、7年12部門の室長経験をウリにして洋菓子メーカーに行きました。
僅か一年だけだったけど父さんが起点となって会社を変える取り組みや専門外の製造と包装工程をマネジメントしたり
刺激的な時間を過ごす事が出来ました。

定年まで限られた仕事の時間を意識するようになって、時間の無駄遣いは止めようと心に決めたのはこの頃です。

世の中の役に立つためには、やりたい仕事しかやらない。ここで大阪に対するこだわりが薄れ、世界中どこへでも行く覚悟が出来ました。

今、フランスの会社に籍を置いて思う事は
日本では、珍しくない事でもフランスには存在しなくて驚かれる事がたくさんあるって事です。
自分の周りにある価値のあるものに気づく力を養って下さい。

ひとつの専門分野を学んだり特定の大学、企業を目指す事よりも
変化は恐れるものではなく楽しむものなんだと父さんを見て思ってほしいのです。

そして、失敗は成功するための通過点だから深く考えすぎず、まずはやってみようと動いて
たくさんの失敗を経験してほしいのです。



離れ離れの生活で寂しい思いもさせ、タケが何をすれば良いか迷わせたりして
ごめんなさい。
タケの手紙を読んだ時、胸が引き裂かれる思いでした。

タケ、父さんが居なくなって父さんと同じ景色が観たくてスカイツリーのナノブロックを買ったこと、ちょっと高いけど無理して買ったと知り、泣けてきました。

いつか一緒に暮らせるようになったら、
いつか一緒にお酒が飲めるようになったら、
たくさんたくさん話したいと思います。

最後にタケ、中学入学おめでとう。